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【前置き】

1、三味線と民謡の基礎知識

 「私、だいすき!いいなあ、蛇皮(じゃび)線の音!」
 「ちがうの。あれはね、サンシンっていうのよ」
 「うそー。蛇の皮でできてるから、蛇皮線って言うんじゃないの?」
 「もー、だからシロートはこまるのよ。あのね、・・・」
 なんて、ついつい友だちに解説してしまったあなた。きっと何度か(何度も?)沖縄へ足を運んでいて、沖縄のいろんなことを知っていて、カラオケで〈島歌〉なんかも歌っている。でしょ?自他ともに認める沖縄通。沖縄を愛してやまないあなたは、友人の誤った〔沖縄感〕を許せなかったわけですよね。わかるなあ、その気持ち。これからも、共に、正しい沖縄を広めていきましょうね。
 ところで、三味線を弾いたことはありますか?ある!なるほど。え?でも、ちゃんと習ったわけではない。そうでしょうね。だって、三味線をやってみようと思っても、教えてくれる人なんてなかなかみつからないですもんね。

 これまで、三味線をやってみようと思ったことのあるみなさん。その多くの方が、考えているはずです。
 「『初めての沖縄民謡』とか『三味線のここがツボ』『サルにもわかる三味線』なんて本はないかしら・・・」

 ここで、三味線と沖縄の音楽について知っておいたほうがいいんじゃないかなーということを書きます。

 さきほど描きました『初めての・・・』なんていう本はまだできていないようですが、三味線のための楽譜はあります。《工工四(クンクンシイ・コウコウシイ)》といいます。たいていの三味線店に置いてあるでしょうし、沖縄の本屋さんや楽器店にもたくさん並んでいるはずです。琉球古典や沖縄民謡、八重山民謡に宮古民謡。著者の名前のはいった『○○○○早弾き工工四』なんていうのもあります。
 普通、これら工工四には、1冊の中に数十曲分の楽譜と歌詞が載せられています。楽譜に使われている記号についての説明も書かれています。歌うための心得や流派の歴史まで書かれているものもあります。ところが、《三味線の構え方》《弦のはじき方》《どの曲から練習するのか》といった、初めて三味線に触れる人に必要な内容は書かれていません。工工四は、初心者のための《入門書》として書かれた本ではないのです。
 三味線を弾く人の中には、見よう見まねで弾けるようになったという人もけっこういます。これは身近に演奏する人がいる場合、たとえば、「おじいちゃんが僕を膝にだいて、三味線を弾いてくれた」「お祝いの席で、必ず三味線が鳴る」「毎晩、どこからともなく三味線の音が聞こえてくる」といった環境にある人だと思います。本土に住んでいる人は、CDで民謡を聞くぐらいでしょうから、《見ようにも見られない》ですよね。

 では、三味線の弾き方はどうやって覚えればよいのでしょうか。


 その前に、沖縄の音楽を分類しておきましょう。
 まず、《民謡》と《古典》の区別があります。
 「えー?沖縄の歌は、みんな民謡でいいんじゃないのー」
 という声が聞こえてきそうですが、ちょっとこの先を読んでください。
 みなさんご存じの通り、もともと《琉球国》であった沖縄には、宮廷の文化がありました。宮廷音楽を《古典》と思っていただければよいと思います。一方、庶民の文化として《民謡》があります。
 《古典》の中には、地方で歌われていた歌(すなわち、民謡ですね)を宮廷が取り込んで宮廷音楽にしてしまったものもあります。逆に、首里(当時の行政府)から各地に派遣された役人が、自分の知っている《古典音楽》をその地域の住民に伝えたり、その地で創作したりして、それが《民謡》として歌い継がれてきたものもあります。このように、長い歴史の中で《古典》と《民謡》はお互いに交流があったわけです。 1つの曲を《古典か民謡》のどちらに位置づけるかというのはけっこうむずかしいこともありますね。ま、最も確実な分類方法は、『古典の工工四に掲載されているのが古典』というやりかたでしょう。(まいったか)
 ところで、りんけんバンド、ディアマンテスなど、古典にも民謡にも含まれない沖縄音楽もここ数年盛んになっています。これについては、みなさんよくご存じの通り、ということで触れずに通過します。

 もう1つ大切な分類があります。地域による分類です。大きく分けると、《本島と近隣の島々》《宮古》《八重山》の3つになります。
 先ほど書きましたように、本島には宮廷音楽としての《古典》がありましたので、本島の音楽は《民謡》と《古典》にわけられますが、《宮古》《八重山》の音楽では、そのような区別はしません。《八重山》では、《八重山古典民謡》という言葉を使うことがありますが、この場合の《古典》は《伝統的》という意味で、《民謡》と区別するものではありません。気にしないでください。
 これら3つの地域の音楽は、それぞれに特徴があります。

 まず、沖縄本島とその周辺の民謡(以後、沖縄の民謡といいます)です。ほとんどが《琉歌形式》と呼ばれる定型詩(決まった音の数でできた詩)です。俳句なら《5・7・5》ですが、琉歌形式は《8・8・8・6》です。廃藩置県前から歌い継がれている歌もあれば、戦前戦後の時代を繁栄した歌、今年できた歌まで、創作された時代はさまざまです。
 南米へ盛んに移民が行われていたころの〈移民小唄〉、戦後の捕虜収容所で作られたという〈屋嘉節〉など、その時代を映し出した歌も多くあります。沖縄の歌は、その時代の《流行歌》でもあったわけです。そして、今も盛んに創作され続けているのです。
 沖縄の民謡という言葉からは、ラジオやカセット・CD等から、三味線の伴奏とともに流れてくる民謡をイメージします。この他に、各地の祭りや神行事で歌われる歌も、もちろん民謡なのですが、こちらは一部を除いて、人々に広く知られている歌は少ないでしょう。

 次に、八重山の民謡です。沖縄の民謡とは違って、琉歌形式でないものが多いようです。八重山の歌といえば、《ゆんた》《じらば》と呼ばれる労働歌、また、祭りや神行事で歌われる歌が代表的で、《沖縄の民謡》とはずいぶんちがいます。《ゆんた》《じらば》は、三味線を使わないで歌うのが普通(労働歌だから、伴奏のないのがあたりまえ)です。 ただ、県内に広く知られている八重山の民謡は、三味線の伴奏つきの歌や、《ゆんた》を三味線にのせて歌ったものがほとんどです。八重山民謡ファンとしては、本来の《ゆんた》なんかももっと広く知ってほしい気がします。
 八重山にも、新しい民謡があります。しかし、沖縄とは比較にならないほど少なく、《盛んに創作されている》とはいえないでしょう。

 最後に、宮古です。〈伊良部とうがに〉〈なりやまあやぐ〉〈張水ぬクイチャー〉など、有名な曲もありますが、沖縄、八重山に比べると宮古民謡として知られている歌は少なく、カセットやCDも多くありません。私を含めて、もっと宮古民謡を聞きたいと思っている人にとっては残念なことです。内容としては、他の地域同様、島(村)を誉める歌や恋の歌、祭りなどで歌われる歌があります。 特に英雄の業績を讃える歌があることが特徴的だといえるでしょう。

 3つの地域の歌について簡単にまとめました。もっと詳しく見れば、同じ《八重山》でも石垣島と与那国島では方言が通じないほどの隔たりがありますし、歌の印象もずいぶん違います。《宮古》《沖縄本島とその周辺の島々》の中も、島や村ごとに分類しなければならなくなってもうたいへん。それでは分類の意味が薄れてしまいますので、ここでは、3つの地域に分けるだけにしたいと思います。

 さて、《古典と民謡》そして《地域》の違いについては分かっていただけたと思います。ここで、流派についても少しふれておかなければなりません。
 『琉球芸能事典・那覇出版社』の『実演家総覧』を見ますと、《琉球古典音楽=(三味線・笛・太鼓)》《琉球古典音楽(箏曲)》《琉球舞踊》《沖縄の民謡》《先島の古典・民謡》《沖縄芝居》に区分され、その中に幾つもの流派の名前が書かれています。 例えば、《琉球古典音楽》の三味線だけで、《野村流音楽協会》《野村流古典音楽保存会》《野村流松村統絃会》《野村流伝統音楽協会》《琉球古典音楽安冨祖流絃声会》《琉球古典音楽安冨祖流絃声協会》《琉球古典音楽湛水流保存会》《琉球古典音楽湛水流伝統保存会》の8つの流派が書かれています。
 各流派では、〔師範〕あるいは〔教師〕が〔研究所〕等と呼ばれる教室を持っています。八重山民謡、宮古民謡、沖縄民謡についても、多くの〔先生〕が教室を持っているのです。
 これらの教室では、それぞれの流派の工工四(流派は違うけれど、同じ工工四を使っている場合もあります)にそって練習をしているわけです。工工四は、それぞれの教室における楽譜・歌集の役割と各流派の拠り所=バイブルとしての性格を合わせ持っていると言えるでしょう。


 ずいぶん遠回りをしましたが、三味線をやってみたいという人は、まず、何を習いたいのかを決めて、これらの教室を選んで勉強するというのが一般的な方法ということになります。


 では、身近に三味線を教えてくれる人もいないし教室に通うこともできない、という人はどうすればよいのでしょうか。今のところ、どうしようもないんですね。といって簡単にあきらめてしまうには、三味線はあまりにも魅力的です。なんとかして練習できないものでしょうか。
 三味線は三味線店で買うことができる。『工工四』という楽譜もある。CDやカセットテープもいろんな種類が販売されていて、聞くには困らない。ここに『教則本』さえあれば独習できる環境が揃うんです。『教則本』さえあれば・・・

 もし、『教則本』を利用して三味線を弾く人が増えれば、その人が友だちに三味線を勧めるようになる。三味線愛好者は飛躍的に増加し、三味線の需要が伸び三味線店が繁盛する。書店の工工四が売れる。CDレコード店の売り上げが増加する。これで、県経済の活性化が期待できます。さらに、三味線の材料不足を補うため、アメリカ合衆国から返還された基地の跡地に《クロキ(三味線の材料)》を植えて、緑化も兼ねて材木を県内で生産しましょう。 三味線で沖縄の未来は明るいぞ。『教則本』さえあれば夢ではない。
 ええい、作っちゃえ。沖縄の未来のために、『教則本』を作るんだ!

 てなわけで、作りました。本気で作るには作りましたが、あらかじめお断りしておきます。私自身、学生のころに《サークル活動》として三味線を手にし、先輩から教えていただいただけです。これまで〔師匠〕と呼ばれる方々に教えていただいたことはありません。(当時の先輩の中には、師匠になっている方もおられますが)したがって、私の書くことには、流派の裏付けや権威はありません。 しかし、三味線を弾いてみようという方の手助けはできるはずです(たぶん)。
 《じゃあ、やってみようか》とやる気になっているあなた。もう1つお断りしておきます。なにしろ文章だけで表現しておりますし、《おまけ》と称する余計なお話があちらこちらで練習の邪魔をします。嘘は書いていませんが、私の誤った認識の結果として間違ったことを書いてしまっていることもあるでしょう。そんなところは、大目に見てね。


 三味線が家にあるのに、ついつい今までさわったことがなかったという方。沖縄に旅行するたびに、三味線を手に入れようと思いながら、教えてくれる人がいないからと決心がつかなかった方。そのほか、三味線を弾きたいけれど、まだ弾いていない方々。みなさんのお役にたてることを祈っております。


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