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2、三味線の入手

(1)三味線の購入例 =さっそく余計なお話だ=

 7月。晴れ。午後2時。レンタカーで本島南部の県道を走っていたキヨミ(28・独身)は、また《三味線店》の看板を見つけてしまいました。
 東京出身の彼女にとって2年ぶり4度目の沖縄。過去3度の旅行で、八重山の島々まで味わい尽くしたつもりでした。最近、ニュースで基地問題や日米安保のことが取り上げられているのを見て、今まで関心の薄かった基地や戦跡を見ておこうと、一人、沖縄にやってきました。昨日は中部の基地を外から眺めて、ついでに、植物園にも行って来ました。今日は戦跡を訪ねようと、南部へ向かって走っていたのです。
 車は、与那原の広い国道を走っています。右に山。左に海。
 キヨミの旅行には、もう1つ目的がありました。三味線の購入です。キヨミは、自他ともに認める《沖縄病》。これまでにも三味線を買って帰ろうと思ったことはありました。でも、買っても自分の手におえないだろうという不安と、三味線は沖縄の聖域で本土の人間が持つべきものではないという気持ちが、三味線を遠ざけていたのです。そんなキヨミに購入の決心をさせたのは、JTAの機内誌コーラルウエイの投稿欄でした。 東京の18才の女性が受験に合格したので、以前買ってあった三味線をこれから思いっきり練習したいという内容でした。喜びがあふれているその文章を読んで、三味線は沖縄だけのものではないと思えたのです。
 東京の友人には、《三味線を買ってくるから》と宣言してきました。しかし、三味線店の看板を見ると、やはり気後れしてしまうのです。
 最初に見た三味線店は、道路の右手にあったので車を止められませんでした。次に見つけた店は左側にありましたが、交通量が多かったので通過してしまいました。
 「こんどは、停められるかな」
 店の前にさしかかると、車1台ゆったり停められるスペースが空いていました。まるで、予約してあったみたいに。
 車を降りて、店の前に立ちました。入口のガラス戸は開けたままになっています。中にはだれも見えません。店に一歩入ると、外の日差しがうそのようです。キヨミの右側、入口のすぐ横に小さなテーブルとそれをはさんで2脚の椅子が置いてあります。正面には、幅1メートルぐらいのガラスケース。中に三味線が並んでいます。三味線はみんな同じだと思っていたのに、蛇の皮の模様がそれぞれ違うことに気づきました。 それに、蛇の皮を張ってある胴体のまわりをぐるりとはちまきのようにとりまいている布にも、いろいろな模様があります。中国の飾り物か、おもちゃみたい。と、キヨミは(中国に行ったこともないくせに)思いました。おもちゃのように見えたのには、もう1つ訳がありました。三味線がずいぶん小さく見えるのです。子供用かしら。
 店の左半分は、一段高くなっています。そこが作業場のようです。木の棒がならんでいます。蛇の皮を張った丸いもの(これが三味線の胴体の部分なのだとわかるまでは、まるで《蛇の輪切り》のようで気味が悪かったのです)が置いてあります。やすりのような工具もあります。
 店の中の暗さにだんだん目がなれてきて、その作業場の後ろの方が、ずいぶん奥まで続いているのがわかりました。きっと、店の奥が住居になっているのでしょう。
 「ごめんください」
 返事か足音を期待しましたが、どちらも裏切られました。人がいないのか、それとも、声が届かなかったか。
 入口は開けたままだったのだから、外出中だとしてもすぐに戻ってくるだろうと見当をつけ、椅子に座って待つことにしました。近い方の椅子に座りましたが、作業場に背中を向けることになるので、向こう側の椅子に座りなおしました。これなら、入口も作業場も座ったまま見渡せます。
 ガラスケースは3段に分かれていて、真ん中の段が三味線、上には本が並んでいます。
 「『ノムラリュウ』?三味線の本かしら。『工工四』なんて読むんだろう」
 下の段には、小さな箱が並んでいます。ふたの開いている箱がありました。腰を浮かせて、中をのぞきました。
 「あ、これ、女の人が持って踊っている写真を見たわ。」
 ガラスケースの横には、黒い棒のようなものが5本ぶら下がっています。よく見ると、それが三味線の棹(さお)だということがわかりました。作業場の方にあった棒は、まだ削られていない棹の材料なのでしょう。
 椅子に座りなおして、足を組みました。
 ときどき、外の道路を車が走る以外は、何も聞こえません。
 腕時計を見ようとして、持ってこなかったことを思いだしました。沖縄にいるときだけは、時間に縛られるのはよそうと思っていたのに、やっぱり時間を気にしている。自分のことがおかしくて、笑ってしまいました。笑うと、肩の力が抜けました。
 外から吹き込んでくる風は、少しほこりっぽいけれどいい気持ちです。
 すぐ前のテーブルに目をやると、プラスチックの丸い容器。透明だったであろうと思われる半透明のふたを通して黒いかたまりが見えます。
 「これは・・・」
 手をのばし、そっとふたをとると、やはり黒砂糖でした。
 「沖縄ではね、黒砂糖をお茶請けに出すのよね」
自分の知識を確認し終わって、ふたを戻そうとしたそのとき、
 「食べていきなさい。沖縄のクロザトウよ。」
 いつのまにか作業場の方から低い声。ふたを持った手が、止まってしまいました。
 「あ、どうも、すみません。」
最初に出た言葉は、これでした。腰が浮いたままです。
 「食べていいよ。食べるためにあるんだのに。」
 丸顔で眉の濃い、おなかの出っ張ったこのおじさんは、きっと店主なのでしょう。奥の方へ引き返していきました。キヨミは、腰をおろし、ふたを戻しました。こっそり食べようと思ったのじゃなくて、中が黒砂糖かどうかを確かめたかっただけなんだとは、今さら言えません。
 右手に急須、左手に湯飲みを2つ持って戻ってきたおじさん。
 「内地からね。」
 そういうと、湯飲みをキヨミの前に湯飲みを2つ置いて、立ったままお茶を入れてくれました。おじさんは1つを持って作業場に上がり、工具の前に座りました。キヨミは、今入れてもらったお茶を飲み(ぬるい、茶色い)、おじさんの様子を見ていました。おじさんは、キヨミの存在を気にするでもなく、作業を始めています。
 おじさんは、蛇の輪切りに棹を通しました。すると、それはもう三味線の形をしていました。おじさんは、また棹を抜いて、カッターのようなものでところどころ削っています。何度かそれを繰り返してから、今度は、長い定規のような物をあてて、何かを確認しているようです。まるで、武士が刀の手入れをしているみたい。また、カッターで削ったり、定規をあてたりして、どうやらおじさんは納得した様子。
 キヨミは声をかけてみました。
 「あのう、三味線がほしいんですけど」
 「え?ああ、どうぞ。買っていきなさい」
 おじさんの言葉と顔には、驚いた様子が見て取れました。三味線店に来る人は、三味線を買うのに決まっていると思うんだけど、まるで、三味線を買う人を見るのがめずらしいような表情だわ。
 おじさんは、重そうな腰を上げ、もう一度キヨミの側にやってきて、すぐ横のガラスケースを開けました。そして、一番右端の三味線を取り出しました。蛇の皮は、ほかのよりも少し黒っぽいような気がしました。はちまきのようなものの模様は、白黒のヒョウの柄のようです。3本張ってある糸の下に指を入れ、小さな部品のような物をはめ込みました。そして、三味線を弾くような格好に構えて、弦をはじきました。 こんなに間近で三味線の音を聞くのは初めてです。感激。なにか1曲弾いてくれるのかなと期待しましたが、右手で弦をはじいて、左手で三味線の上のほうに生えている3本の耳のようなところをキリキリ動かします。音を合わせているんでしょう。心地よい音。と思っていると、突然、その三味線をキヨミの前にひょいと差し出したのです。これは明らかに、「これなんかどう?弾いてみて」というしぐさです。受け取るしかありません。
 キヨミは、初めて三味線に触れました。どこをどう持っていいかわからないので、とにかく両手で、ちょうど、運動会の優勝旗を受け取るときのような格好で持っていました。おじさんは、すぐにガラスケースの方に向きなおり、先ほどの三味線のとなりの三味線を取り出しました。形は同じですが、はちまきの部分が龍の刺繍になっています。龍の目が丸くてかわいい。
 おじさんは、先ほどと同じ動作を完了しました。まさか!その三味線まで突きつけられたら、持つ手がない。どうしよう。と困っていると、今度の三味線は、おじさんの手の中に収まったままでした。
 「そっちが、5万円。これは、7万円」
 意外なことに、さっそく値段の話になったのです。まあ、買い物に来れば値段の話になるのは当然なのです。
 「これが、三味線ですね」
 「そうさー、うちは三味線屋なのに」
 ヘタな冗談を言ったつもりではなかったのに。おじさんには、ウケました。
 キヨミは、この店で三味線を見たときの最初の疑問、この三味線は子供用なのかを確かめようと思いました。「子供用ですか?」なんて聞いたら、失礼かもしれないし、「あたりまえだ!おまえには子供用で十分なのだ」なんて言われるかもしれないし。そこで、
 「沖縄では、大人も、子どもも、これを使うんですか?」
 「そうさー。小学校でも、うちの三味線を使ってるよ。子どもだから小さいのを作るというのは、できないさーね。子どもも大人も、同じものを使うわけさ。」
 おじさんは、キヨミの質問を少し違って受け取ったようでした。でも、おじさんの答えで、この三味線は子供用ではないことがわかりました。小学生の話が出て、次の質問の糸口が見つかりました。
 「小学生は、やっぱり、安いのを使っているんでしょうね」
 「一番安いので、3万。7万円のを使っている子どももいるけれども、だいたい5万円ぐらいよ」
 一番安いのが3万なのはわかったけれど、5万円は高いのか、まだ安い方なのか。
 「あのう、これから三味線の練習をしようと思っているんですけど、どれがいいでしょうか。」
 もし、百万円のにしなさい、なんて言われたらどうしようかと、どきどきしていましたが、
 「それがいいよ。よく鳴るよ」
 キヨミは、迷いました。おじさんは、7万円の方をガラスケースに戻し、作業場の方に戻って、アタッシュケースを横に細長くしたようなケースを持ってきました。
 「ケースもあげるさ」
 ケースは、三味線がちょうど収まる四角い箱で、ふたを開けると内側には小さなポケットがついていました。持ち運びには、このケースが必要です。それをおまけしてくれるなんて、うれしいような、話がうますぎるような。
 キヨミは、さらに考えました。10万円ぐらいするのかなと思っていました。だから、金額としては文句なし。ただ、この買い物、品物と金額とが釣り合っているのかどうかがわかりません。おじさんを疑っているわけではないのですが・・・
 キヨミは、もう少し考えました。ここで、迷ってもしかたない。考えても、高いか安いかなんてわからない。さっき、おじさんが弾いたとき、三味線らしい音がしていた。いい音だったと思う。いや、いい音にちがいない。ここは思い切って買うべきだ。
 「じゃあ、それ、ください」
 キヨミの決心がつく前に、おじさんは、三味線の入ったケースをテーブルの上に置いていました。
 「糸も入れておこうね」
 パチン、パチン、ケースの金具を閉じる音。あっけない幕切れ。
 もう少し自分の三味線を見ていたいのに。ま、いいか。これからずっと自分の手元にあるんだから。
 おじさんは、三味線をテーブルの脇に置きました。代金をおじさんに渡し、お礼を言って三味線を持って外に出ようとすると、
 「あい、ゆっくりして。サーターたべなさい。だあ、お茶も。」

 おじさんと話し込んでしまって、店を出るころには街路樹の陰がずいぶん長くなっていました。南部の戦跡は、明日にしよう。

 ホテルまで1時間。店に入るときは一人だったのに、今は、三味線と二人でドライブしているような気がしてうれしくなりました。
 おじさんとの話もとても楽しかった。これまで沖縄に来ても沖縄の人とゆっくり話をしたことなんてありませんでした。沖縄がますます好きになりました。今度沖縄に来たときにも、あの三味線店に行こう。
 今日は、三味線といっしょにビーチに出て、夕焼けを見るぞ。


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